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LastUpDate 2026/09/23

記述(安土桃山時代)

1.

(1) 1543年、種子島にポルトガル人を乗せた船が漂着し、日本に鉄砲が伝えられた。この鉄砲の伝来は、その後の戦国大名の戦い方や城の造りにどのような変化をもたらしたか説明しなさい。
(2) 織田信長が武田勝頼の軍を破った「長篠の戦い」において、信長は鉄砲の弱点(弾込めに時間がかかること)を補うためにどのような戦術を用いたか説明しなさい。
(3) 織田信長が城下町を繁栄させるために行った「楽市・楽座」とは、どのような政策であったか。「特権」と「税」という語句を用いて説明しなさい。
(4) 織田信長は一向一揆や延暦寺などの仏教勢力を厳しく弾圧する一方で、キリスト教に対しては布教を保護する態度をとった。信長がキリスト教を保護した主な理由を説明しなさい。
(5) 豊臣秀吉が全国の田畑を調査した「太閤検地」において、土地の広さや収穫量を正確に把握するために、秀吉はどのような基準の統一を行ったか説明しなさい。
(6) 太閤検地では、検地帳(土地の台帳)に実際の耕作者の氏名が登録された。これにより、農民の義務はどのように明確化されたか説明しなさい。
(7) 豊臣秀吉が農民や寺社から武器を没収した「刀狩」は、「太閤検地」と合わせて当時の社会にどのような結果をもたらしたか。「兵農分離」という言葉を用いて説明しなさい。
(8) 豊臣秀吉は晩年、明(中国)の征服を目指して二度にわたり朝鮮に大軍を送った(文禄・慶長の役)。この出兵は、結果的に豊臣政権にどのような影響を与えたか説明しなさい。
(9) 安土桃山時代に築かれた大名の城(安土城や大坂城など)の内部は、狩野永徳らによるふすま絵や屏風絵(障壁画)で飾られた。これらの絵画は、当時の大名の気風を反映してどのような特徴を持っていたか説明しなさい。
(10) 安土桃山時代に千利休が大成した「わび茶(茶の湯)」は、当時の大名の豪華で派手な文化とは対照的に、どのような精神や美意識を重んじたものか説明しなさい。


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